2023年7月15日 練習風景


 

セロパート H.K.さんのレポート

 

           7月15日、今日の会場は御影公会堂。

 

 

         まもなく梅雨明けまじかの、ムウっとした暑さを

          がんがんエアコンでしのぐ典型的夏の一日。

 

 部員以外の方に「練習風景」担当についてご説明しますが、あらかじめ担当順は決められており、次回は自分の番やな的な覚悟があるわけです。ところが、今日は担当順1~3番の方が揃ってお休みで、ドラフト4位の私に急遽順がまわってきたのです。

 

 ええええツと思いながら覚悟を決めて、いつもより少し早く来場すると、1階玄関わきの集会室からドラの音が聞こえてくる。覗いてみると、ドラのパート練習の真っ最中でなんとも楽しそうに9人全員が揃い熱い響きを奏でていました。

そしてランチは仲良く全員で地下レストランでオムレツや

ハヤシライスだったみたいです。

 

 さて練習風景担当としては、みなさんがやってくる様子も

チェックしてみるかと思っていると、

まず最初は指揮者のS.Ikさんがキャリアバッグを曳いて来場、

続いてパーカッションのM.Tさんが大きな荷物で登場、

そのあとマンドリンのHさんがリュック姿で・・・・・・

 

 1 2時半になると3階集会室に椅子やマイクを配置、テーブルも1脚設置して下期会費の徴収が始まる。今日の欠席者は9人だけれど、合宿会員のT.Kさんが愛知県知立市から到着、またフルート賛助のN.Mさんが初参加、

         総勢42名で定刻13時に例会がスタートする。

 

・前半はS.Ikさん指揮

 

 初参加のフルートと合わせる練習が主体となり、

まずは「神様のカルテ」を3回通す。□Aは旋律が粘らないように注意があった。またフルートの譜面確認に指揮者がなんどもフルート席に足を運ぶ。

 続いて「栄冠は君に輝く」は2回通し。□Gは少し遅くするので指揮をよく見て慌てないように。

 「RENATA」は全曲通したあと、□11のAllegroから最後までを重点練習。

最後は「組曲 山の印象」を全曲通して前半終了。

   合宿会員T.Kさんは指揮者の横の椅子にスマホを置き録音していたようだ。

 

・お知らせの時間には

 

 マンドリンのM.Fさんからドイツ~オーストリア旅行の報告が。山歩きと音楽三昧の長旅、暖房設備はあっても冷房のないこの地域のホテルで暑さに往生したエピソードを聞いて、日本でも寒冷地の札幌にはクーラがなく夏はドアを開けっぱなして涼をとる話を思い出した。おみやげのお菓子ありがとうございました。

 

    休憩前の「体操」指導は腰痛のS.Oさんに代わって、M.Sさんが務める。

  「Oさんの前での指導はやりにくい」といいながらなかなか手慣れたもんです。

/

・後半はS.Imさんの指揮。

 

 「瑠璃色の地球」で始まる。

2回通したあと、□Cをギターと1Mだけで弾き、尾関美和子さんの編曲の妙を鑑賞。

 「いのちの歌」

1回通したあと、□Dの2Mの難所を重点練習。そのあと2回目を通す。

 「The Sound of Music(抄)」

これまで部分的に練習していたが、4回目の今日初めて全曲通し練習をした。

 最後は「ファンタジア九州(抄)」

今日の課題は相対的に強弱を意識して身につけること。□6から□7に移る部分がListesso Tempにもかかわらず乱れてしまったが、なんとか最後まで通すことができた。□1から4までを強弱を意識してもう一度reviewして例会を終えた。

 

                 M.Nさん撮影 

       

          片付けが済んで三々五々に公会堂をでて、

              西行きのバスに乗る人、

              東行きのバスに乗る人、

            阪急御影まで遠い道のりを歩く人、

              阪神石屋川に向かう人、

         阪神御影で軽くいっぱい麦酒を飲んで帰る人。

 

            暑い熱い一日が終わりました。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

               楽楽の”おあしす”タイム

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

         17回生セロ・パート T.Tさんからの投稿です。

 

         尽くすほど応えてくれる枇杷栽培

 

 6月は枇杷収穫の季節でスーパーでも並んでいます。そのお値段はとても高価で、枇杷一粒買うくらいなら断然りんご一個買う方を選ぶでしょう。

 みなさんよくご存じなのか、枇杷をお送りするとにっこりされます。それが

嬉しくて、つい一生懸命になってしまいます。

 

 わが家を建てたある年、設計の先生に御馳走しようと楽しみに(ちょうどこの年に実がなり始めたのです)していましたら、ちょっきり象虫という害虫が来て全滅してしまいました。

 

・ちょっきり象虫・

 象のような長いクチバシで若い実の汁を吸い、実は萎れてしまいます。近づくと

気配を感じて、高い木の上でも逃げるそぶりもなく、パッとそのままの姿勢で落下してしまい、つかまりません。

 

 袋掛けした枇杷(花が咲いたようで綺麗です)。農薬はいやなので、翌年から防虫対策として、実一つづつに紙袋をかけるようにしました。

 

  袋をかけ始めて気付いたのは、若い実には表皮に産毛があり、この産毛を食べる虫がいることがわかりました。実が熟したときに、味とかまったく差はなく、成熟とともに表面の皮の食害部分が黒い痣となって、見た目に印象が悪い。

 そこで、販売はしないながら、袋をかけるときに、食害のある実はできるだけ捨てます。産毛を食べる虫は2月中旬ごろから現れます。先に書いたちょっきり象虫は4月上旬にやってきます。そこで虫対策から、袋掛けは2月中旬までに、最悪、ちょっきり象虫が来る4月初めには終わっていなければなりません。

 収穫のときは、この袋を一つずつはずし、漁師の網元のように、来年に使えるものと処分するものにわけるのですが、ある年、中の実が未熟なままの袋がたくさん出ました。

 

         「北限の枇杷」という言葉を知りました。

   枇杷は、ー3度が3時間続くと、実は肥大しなくなるということです。

 

 千葉県以北は、枇杷を作っても実が大きくならない、千葉は、枇杷の実の北限だそうです。以後、毎年12月から、寒冷紗を被せて防寒するようになりました。

 

 枇杷の花 

 11月 写真のように房状に沢山の小花をつけます。一つの花に一個の実、沢山の実となりますが、栄養が分散するので、最後は後述のように肥大の良否、傷の有無、などを見ながらベストの実、一個だけにします。

 

           

 ここでタイミングが問題になります。

 

    ① あまり早いと、実となっていないので袋かけ自体ができない。

    ② 遅いと産毛を食べる虫の被害が大きくなる。

 

 そこで11月から12月にかけて、花のある段階で房の天辺(枇杷自身最後は育児放棄することを発見)と最下部部分(袋がかけにくい)を摘花することにしました。すると2月には実が早く形を現すように思います。それを確認すると、今度は幼果を順次摘果していきます。毎日枇杷の木の所に行って、どれを大きくするのかと尋ねます。気に入らないものを残すと育児放棄するように思うので、間引いては肥大の様子を見ながら、そして最後はこれが大きくなるだろうという推定で袋を被せます。はずれるときももちろんあります。大体2か月ほど、毎日かかりきりです。

 

 余談ですが、枇杷の実は小指大のうちから団子のようなぽっちゃり型、涙滴のようなスマート型と大きく二つのタイプがあるようで、味は同じながら、ぽっちゃり型はできあがりも肉厚のように感じており、売るわけではないので迷えばぽっちゃり型を選びます。

 

 3月も終わりになると蟻が動き始めます。蟻は袋のほころびから入りますから、蟻が木に登らない対策も必要です。こうして袋掛けが終わると束の間の休息です。

 

  鳥に食害されぼろぼろになった袋(もう使えません)

  袋をかぶせてしばらくすると、鳥は慣れてきて袋を

              つつき始めます。

 

 

 

 

・案山子・  

 

 図はゴミ袋で作った案山子です。すぐ慣れるので収穫近くになってからします。

木の枝にテグスを張ったりして、最後は緊張の一か月です。いろんな対策をしますが、鳥はすぐ慣れてしまうようで、決定打はみつかっていません。写真のように食い散らかされた袋が散乱します。黙って静かに食べられています。

 

 基本の土作りはどんな作物にも言えるので省略しましたが、このように果実栽培というのは外敵が多く、大変手間がかかります。かつ、枇杷自身が繊細で気難しい。

 袋をかけるときは、マスクをかけていないと花粉で喉がやられます。収穫の時は、手袋をはいてそっと置かないと、打撲傷となって2時間もすれば実が変質します。

 4ヶ月袋の中にいた実は、人の住まない空き家が煤けるようにホコリがあります。そ~っと拭いてあげます。収穫期間は10日ほどとまったく束の間で、すぐ劣化が始まるので、私には目まぐるしい日々となります。

 

           毎年、同級生と枇杷パーティをします。

         うまい、うまいと言ってくれるのを見ていると、

  大変だけど来年もできますようにと、剪定が終わった枇杷の木を眺めています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  私たちもうまいうまいと言って食べていた枇杷には、このような血のにじむ努力があったことを

  忘れてはいけませんネ。感謝!(編集者)

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

        13回生ドラ・パート 休会会員K.Iさんの近況報告です

 

     7月2日(日)14回生Nさん、I両夫妻でK.Iさんのご自宅を訪問

             久しぶりにお会いしました。

 

         その機会は偶然に、そして突然やってきました。

 S.Iは去年の夏から津軽三味線を始めました。師匠は梶尾瑞穂先生です。ほぼ1年たった6月のある日、私が津軽三味線を始めたきっかけは、マンドリン・アンサンブルで「じょんがら」を演奏したことですとお話しすると ”私の義父もマンドリンをやっていたそうです” えー! どちらで? ”神戸大学” えっえー!! 先生の実名字は?

”井川です” えっえっえー!!!。もしかして義父のお名前は清隆さん?

             ”そうです” 暫く二人は絶句。

  その後、先生がK.Iさんに報告されると、えー! 会いたいなーとなりました。

 

 K.Iさんは2014年脳出血で入院、その後左半身に後遺症が残り、楽器を持つことを断念され休会会員になられました。2016年ごろ、体調や気力が回復されたこともあって、長年続けられていた楽譜担当に戻りたいとの申し出を受け、2021年まで続けて頂きました。その間、楽譜担当と「シーバル須磨」で会食を楽しまれています。

 

 

 I夫妻は入院されて初めてお会いしましたが、左手が不自由なことを除けば9年前のK.Iさんで一寸驚き、とても嬉しくなりました。

 4月の懇親会での集合写真を見ていただくと、懐かしいなー。(でも知らない人が増えたなー)以前お届けしたビデオレターも、とても喜んでおられましたが(ここでも知らない人が増えたなー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間の2時間でしたが、後半は以前から興味をお持ちの天体の話題で話が盛り上がりました。(半分くらいしか理解できませんでしたが)かって、天体の話を聞かれた、あるいは聞かされた?方も多いのでは。

 特に須磨海岸でご自身が撮影された写真をもとに「アークトゥルスとスピカ」の話には力が入っていました。(これは1/4くらいしか理解できませんでした)

                  機会があれば後日紹介したいと思います。

 

   現在、山陽電鉄板宿駅近くのバリアフリーマンションにお住まいです。

 パソコンは殆ど使っておられませんので、メールでの連絡は難しいと思います。

電話連絡は可能ですが、これまでずっとコンタクトを取り続けてきたNさんに仲介していただくのもいいかなと思います。

 

      11月のコンサートには是非来て欲しいとお願いしましたので

         久しぶりにお会いできるのを楽しみにしましょう。

 

                                  文はS.Iが担当しました。

 

 

更新日:2023/07/17